女将 須崎真紀子
名前 | 須崎旅館 4代目 女将 須崎真紀子 Makiko Suzaki |
出身 | 埼玉県小鹿野町 |
誕生日 | 2月22日 |
趣味 | 読書、映画、渋沢栄一の研究 |
資格 | 古流生け花師範 |
座右の銘 | 「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しいのだ」――ウィリアム・ジェームズ(哲学者・心理学者) 「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ」マハトマ・ガンジー(宗教家・政治指導者) |
Q. 女将の仕事のやりがいは?
いろいろなお客様がいらっしゃいます。同じような対応をしても、「いろんなお客様がいるんだな」と、すごく学びになります。次の日もお仕事がんばろうと思って頂けたり「リラックスできた」「心の洗濯ができた」と言ってもらえると、やっててよかったなって思います。
須崎旅館を営む思い
20歳のとき私は、ここ須崎旅館の跡を継ぐため、長野県の温泉旅館で修行をしました。修行中は、それはもう大変でした。朝7時までに着物を着て、お客様の朝食の用意や接客。10時にお客様をお見送り。その後着替えて、ようやく朝食をいただきます。13時には館内でミーティング。15時までに他の着物に着替えて、お客様の夕食の用意や接客、片付け、そして着替えて……。毎日、このような生活でした。そのおかげで、今では10分で着物を着られるようになりました(笑)。
修行後は、秩父の小鹿野町に帰ってきて須崎旅館で働きましたが、毎日嫌でたまりませんでした。続く長時間労働。実はもともと女将という職業はやりたい仕事ではありませんでした。当時は人見知りも激しかったものですから。「なんで継いじゃったんだろう……」と。最初の10年は、いつも辞めたい気持ちでいっぱいでした。
ところが、毎日たくさんのお客様と接する中で、だんだんと仕事の面白さを感じるようになりました。例えば、私が生まれる前に須崎旅館に泊まられたお客様が、私が女将になってから来られることがよくあります。そのとき、父や母がどんなおもてなしをしていたかや当時の須崎旅館がどうだったかなどをお話してくださいます。そういう話を聞くと、1代目から4代目の私まで、連綿と歴史が続いているのだなと、感慨深くなります。また、100年以上の歴史がある須崎旅館や当時の小鹿野町・秩父地域の文化・風習をお客様に解説できるよう、それらを日々研究していますが、研究中もまるで時間旅行をしているような、どこか懐かしい気持ちにさせられます。その心地よい気持ちを、今度は私を通じてお客様にも感じていただける。そうなると、仕事がつまらないわけがありません!
今では、この女将という職業が、これからの人たちにとっての憧れの職業になればいいなと考えています。それには、古い伝統を守りながらも新しいことへの挑戦を恐れてはなりません。例えば、小鹿野町には「小鹿野歌舞伎」があります。小鹿野歌舞伎を伝えるために、私も隈取りをし、舞台に立たせていただくことがあります。また、秩父銘仙の着付けを通して、その魅力を発信しています。コロナ禍においては、このままではいけないという思いから、思い切って2Fの4部屋を、スイートルームとして1つの部屋に大改装しました。
女将という職業に誇りを持ち、新しい挑戦をしながら、一人ひとりのお客様を大切にする。感動を共有する。そうしてこれからも、未来に向かって須崎旅館を運営してまいります。どうぞ末永くお付き合いくださいませ。